ラーメン店が急激に増え始めたのは一昨年後半からで、最近は月に2-3店舗がオープンしているという。業界関係者によれば、ソウル市内にはラーメン専門店が20カ所ほど、日本式居酒屋でメニューとして取り入れているところを含めると100カ所ほどになる。
しかし、韓国では数年前まで「ラーメン」というと、袋入りの即席めんを指し、軽食店で野菜や卵などの具を加えて出すのが通常だった。それだけに生めんを使用した本格的なラーメンが市場に受け入れられるまでには、関係者の涙ぐましい努力があった。
現在ソウル市麻浦区で製麺会社「紀州」を経営する井尻敏秀さん(53)=和歌山県出身=は、1996年に日本式の本格ラーメンではおそらく元祖となる「関西ラーメン」を学生街の新村(シンチョン)に開いた。
井尻さんは当時、しょうゆラーメンを5000ウォン(現在のレートで約610円)、みそラーメンを6000ウォン(同730円)で出したというが、「値段を見た途端、そのまま帰る客が多かった」と話す。ラーメンすなわち即席めんという感覚しかなかった韓国人にとっては、信じられない値段だったからだ。
その後、日本からの留学生による口コミで客は多少入るようになったが、日本のラーメンが本格的に普及するには程遠い状態だった。
井尻さんはなんとか日本のラーメンを韓国に広めようと、2001年に製麺会社を立ち上げた。それでも最初はなかなか売れなかった。
食習慣の違いもあった。井尻さんは「自分がおいしいと思うスープの濃さが受け入れられない。それに韓国人がラーメンを食べるスピードが日本人より遅く、すぐにめんが伸びてしまう」と話す。そこで、試行錯誤を重ねて伸びにくいめんの開発に時間を費やした。そして、自らコンサルタントも務め、韓国人起業家によるラーメン店立ち上げを支援した。
ラーメン普及に尽力したのは日本人だけではない。ソウル市鍾路区でラーメン用の食材輸入会社「フードビル」を経営するイ・ギョンテクさん(42)は、ラーメン用スープの輸入と生めんの製造を手掛ける。
イさんは「スープは作るのが難しいので、日本から輸入したスープの原液を使用するのが一般的だ。日本の食品会社に韓国人の味覚にあったラーメンスープを開発してもらうなどして、出荷を伸ばしてきた」と話した。日本と完全に同じスープでは受け入れられにくいので、トウガラシを加え辛味を出すなど工夫もした。
生めんの性質もそうだ。イさんによると、日本人は固くて色が薄めのめんを好むが、韓国人には黄色くて柔らかいめんが人気だという。
韓国で生産が難しいものは、無理に国産化せずに輸入することも味を保つ上で重要だ。イさんは「ラーメン食材の関税はほとんどが8%なので、韓国に近い九州で作って持ち込んでも十分に採算が合う」と説明した。
そんな井尻さんとイさんが喜んでやまないのが、最近のラーメンブームだ。
井尻さんは「ビザなしで日本を訪れる韓国人が増え、現地で生ラーメンを食べてくると、値段の違いも理解してくれるようになった。これからは放っておいても爆発的に伸びる。苦労してここまでやってきたのでとてもうれしい」と話した。
イさんも「ラーメン人気は10-20代の若者が主導している。最近はチェーン店が増えているほか、地方都市にも広がりを見せている。市場が大きくなれば、設備を整えて生めんを大量生産していきたい」と意欲を見せた。
井尻さんは「60歳ぐらいまでは現場でがんばりながら、僕のスタイルを守ってくれる人に継いでいってもらいたい。店がどんどん増え、いろいろな味が楽しめるようになれば」と韓国ラーメン界の将来に期待をかける。
井尻さんのもとでは、一番弟子のキム・ギボンさん(30)が「めんは気温や湿度によって作り方を変えなければならないし、とても気を遣う」と話しながら、直伝の生めん作りに取り組んでいた。
日本式生めんの普及で、ラーメンと言えば即席めんという時代はやがて終わりを告げるかもしれない。